| 後援会のあゆみ |
白鷗高等学校には三つの支援組織があります。双鷗会(PTA)、後援会、鷗友会(同窓会)です。
現在は、双鷗会と後援会は、別組織として活動内容もはっきり区別されていますが、例えば、昭和46(1971)年まで後援会はPTA有志会員によって組織されていたこと。昭和21(1946)年7月から昭和23(1948)年5月まで本校PTAは「後援会」の名称であったことからも分かるように、かってはPTAと後援会の活動は重なり合う部分が多かったようです。
Ⅰ 後援会の設立
1 後援会の設立とその活躍
昭和21年から22年は、荒廃した学校を整備して教育環境を少しでも良くするための努力が各方面で力強く進められた。そのために活躍したのが後援会でした。
白鷗高等学校は、幸い東京大空襲による焼失を免れたものの、窓ガラスはほとんど破壊され、壁は落ち、雨の日は雨が漏り、風の日は風の吹き込むにまかせる状態でした。春から秋にかけてはなんとか我慢はできるものの、冬の寒風はさすがにこたえたようです。これを心配した父母たちは、しばしば学校を訪れて、修繕についてたびたび相談会をもち、その目的実現のために21年7月、従来の「母の会」を発展解消させて全父母を会員とする「後援会」(現在の後援会とは異なる組織)を設立発足させました。ここに強力な学校復興への第一歩が踏み出されました。
後援会は9月以降、特別基金の約30万円をもって、窓ガラス・水洗便所・神代学園等の緊急不可欠な施設の復興を行い、22年度からは会費による経常予算を組み、復興事業を推し進めて行きました。
2 双鷗会への脱皮
昭和23年5月17日、占領軍の指令によって本校にもPTAが創立され、規約もできたが、名称に外国文字を入れるのはどうかという意見も多くあったため、父母(P)と教師(T)とを二羽の鷗に例えて特に双鷗会と名乗ることにしました。これに
伴って後援会は解散し、会長は双鷗会会長に就任しました。
また、昭和25年には、生徒が卒業した後も双鷗会会員として残り、学校を後援し、学校行事の際には、共に喜びたいという父母の声を受けて、双鷗会の中に終身会員制度が生まれました。
3 後援会の結成
昭和25年、東京の住宅事情は依然深刻であり、本校教職員も例外ではありませんでした。これを解決して、本校教育のために安心して専念できるようにさせたい。優秀な教師を本校教師として招くための一助としたいという願いから、教職員住宅の建設計画が双鷗会員の中から起こり創立60周年記念行事として職員住宅建設が具体化し建設委員会が発足しました。
その結果、豊島区巣鴨6丁目1,213番地に309.8坪の土地を選定して26年1月に着工、3月にモルタル塗り木造平屋建3棟6戸、延71.75坪の職員住宅が完成し「白鷗寮」と名づけられました。
これに伴って、昭和27年(1952)5月、財団法人東京都立白鷗高等学校後援会が新たに設立されました。双鷗会会員を会員として、神代学園・白鷗寮の維持、学校の諸設備や運営に対する補助、生徒指導奨励、卒業生の進路指導奨励が目的でした。
白鷗寮はその後、所期の目的を果たし、昭和52年には全面的に取り壊され、現在は後援会の経営する駐車場となっています。
設立時の寄附行為
第3条 この法人は東京都立白鷗高等学校の進展助長を図ること以って目的とする。
第4条 この法人は前条の目的を達成するために次の事業を行う
1 東京都立白鷗高等学校の諸設備並びに運営に対する補助
2 東京都立白鷗高等学校生徒の奨励並びに表彰
3 東京都立白鷗高等学校卒業生の指導奨励
4 東京都立白鷗高等学校教職員に対する住宅供給
5 その他本会の目的達成に必要な事業
4 鹿野山清和寮の建設
昭和41年12月、神代学園は地主である金竜寺に明け渡され、約30年間にわたる歴史を閉じました。
この神代学園に代る新たな校外施設として、また、青梅山荘、神代学園についで3代目の校外施設が昭和44年6月、千葉県君津郡清和村鹿野山常盤平に鹿野山清和寮が竣工しました。
H.R合宿、部合同合宿、生徒会リーダー研修、勉強合宿、双鷗会研修会、鷗友会研修会等々の様々な行事や在校生、卒業生のサークルや小グループでの利用等様々な使われ方をしてきました。
しかし、施設が老朽化していること。維持管理・運営に必要な経費の増加等があり、今後、一層魅力ある施設として活用されるためには、研究、改善を進めていくことなど課題は多い。
Ⅱ 後援会の改組
昭和40年代半ば頃になると、東京都は、学校教育における私費負担の軽減を強く求めるようになってきました。後援会は、双鷗会会員をそのまま後援会の会員として組織し、会員の月々の会費で運営していました。それが、都の指導で次第に難しくなってきました。
また、本法人は、設立時に設立の趣旨に基づき5項目の事業を行っていましたが、前述の指導に従うこととしました。このため、財源が乏しくなり、これまでの諸事業を継続していくことをやむを得ず断念し、事業を「この法人の有する施設の維持管理」のみに縮小することとして昭和46年4月30日に寄附行為の変更承認申請を東京都教育委員会あてに提出し、同年5月11付で認可を受け、再出発しました。
(事 業)
第4条 この法人は、前条の目的を達成するために次の事業を達成するために次の事業を行う。
(1) この法人の有する施設の維持管理
(2) その他この法人の目的を達成するために必要なる事業
Ⅲ 公益性を高める事業実施
1 目的及び事業の変更
財政的には、その後、昭和52年12月に白鷗寮を解体し、跡地を駐車場として経営を開始し、その収益の一部を一般会計に繰り入れられるようになり、さらに経営も安定してきました。また、保護者からの拠出金の納入も定着してきました。これらのことにより財政的には安定してきており、断念した諸事業の実施が可能となってきました。
また、46年に変更した寄附行為は、東京都立白鷗高等学校のためだけの目的、事業であったので、公益性を高めるために、広く事業を展開し、東京都の指導によりやむを得ず断念した諸事業を設立趣旨に立ち返り現状に適合するよう復活するため、平成19年7月18日に寄附行為の一部変更認可申請を東京都教育委員会に提出し、同年8月15日付で認可を受けました。
(目 的)
第3条 この法人は、東京都立白鷗高等学校及び同附属中学校並びに東京都内の中学校、高等学校の進展と助長を図ることを以って目的とする。
(事 業)
第4条 この法人は、前条の目的を達成するために次の事業を行う。
(1) この法人の有する施設の管理維持
(2) 中学校及び高等学校への学習活動の支援と部活動の援助
(3) 教育に関する講演会及び講習会の実施
(4) その他この法人の目的を達成するために必要な事業
2 主な具体的事業内容
(1) 中学校及び高等学校への学習活動の支援と部活動の援助
① 部活動に対する援助
② 進学懇談会の助成
③ 学校主催の夏期講習会等の教材の助成
(2) 教育に関する講演会及び講習会の実施
① 講演会の開催
② 講習会の実施
|
|
|
|